平成最後の日・・・

平成最後の日・・・

お陰様で今日も社員他7名ほどの人達がお客様のご要望に対応して出勤してくれています・・・

朝礼でみなさんに平成最後の日ですから、気持ちよく働いて過ごしましょうとお願いをしました・・・(^^)

さて、私にとって、昭和は少年から青年への時代、今思えば本当に生活が厳しく苦しい時代でもありましたが、大阪万博などアメリカンドリーム夢と希望を目指して人の熱気を感じさせられる時代でした・・・

そして、平成元年から私にとって青年から壮年への時代・・・

面白くもあり、リーマンショックなどの経済不況、阪神大震災、東北大震災、熊本、北海道の震災、広島岡山の水害など、自然の大災害に遭遇し、必死で生きた時代でもあります・・・(-_-)

阪神大震災では、発生当日から社員と共に3か月間以上休みなくみんな深夜まで復旧工事に取り組みをさせて頂きました・・・

深夜の12時頃まで命がけ、市内を駆け巡りお互いの顔は真っ黒けになって会社に戻る日々でしたが、誰一人文句を言う社員はいませんでした・・・

今流行りの言葉、過労死?そんな言葉を聞くより電気設備の復旧に全員が使命感を覚え駒ネズミの如く活動してくれました・・・

ようやく落ち着いた4月頃、慰労を兼ねて食事会をしようと要望を聞いたところ、全員「刺身」・・・(^^;)

ああ我々は日本人なんやなと思わず実感した記憶が残っています・・・

周囲がお通夜の如く落ち込んでいた日々の6月、私はこれではあかんと思い、社員旅行を計画、行先は香港・・・

緊急対応も考え、2班に分けて実施をさせてもらいました・・・

あるお客様からはこんな非常時に海外旅行に行くなんて不謹慎だと言われ、帰国したら取引停止だと言われたこともありました・・・

私は海外から震災を受けた日本の兵庫県の神戸市を見せて、世界の広さを教えることで、復興への意欲、精神的活力を与えようと考えたのです・・・(-_-)

神戸市立定時制高校の移転、新築開校、定時制高校教育への支援、障害者施設の新事業で社会福祉協議会への支援、明石市JR明石駅前再開発の立ち上げ、様々な事業にご協力をさせて頂いてきました・・・

様々な厳しい出来事は多々ありますが、経営者は絶えず少し先を読み社員や従業員を前向きにリードする責任があります・・・

こんな私でも、命を失いかけた時期がありました・・・

かれこれ約12年前、ある社員が起こした不始末の後処理に奔走しながら、不始末の大きさを計りかねる事態から万一の会社倒産への覚悟をしながら冬の真っ黒い雲が沸き上がるが如くの不安感から精神的に壊れかけ、仕事に対する意欲を喪失し、日々まともに会社に出られないほど心身共に痛んでいました・・・・

当時は家内も病に倒れその回復期にあり、精神的に弱り気持ちが行き詰まっていたのです・・・

その時初めて、人間の心の弱さ、命の形が心と言う形になり、「心が痛い」「心が折れる」と言う生命の意味を知ることになりました・・・

それまで自分と言う人間は麦の如く、いくら踏まれても立ち直る強い精神力の人間だと自信を持っていましたが、不安の大きさに初めて人間の弱さを知ることになったのです・・・・

もし、心がポキンと音がして折れていたら今の私はいません・・・

その時、私を支え助けてくれたのは、身近な人たち、そして社員、従業員の人達でした・・・

お陰様で、本日の平成最後の日を無事に元気に迎えることが出来ました・・・

12年前に植えた桜の木が約3mもの高さに育ち、今年は満開の花を咲かせてくれました・・・

昨年花が咲くまで気が付かなかったのですが、実は美味しい大きなサクランボの実が成る桜の木だったのです・・・(^^♪

今年は立派な美味しいサクランボの実が沢山なるとみんな楽しみにしています・・・(^^)

天皇陛下も今日でお役目を終えられますが、「人間天皇」たかだか20数名程度の規模の会社を経営することさえ至難の日々、1億2千万人以上の国民の上に在位された期間、その大変さ責任感は想像さえ出来ず、本当にお疲れさまでしたと気持ちを込めてお伝えしたいと思います。

日本人として、お心優しい「天皇陛下」「皇后陛下」と共に生きて来れたことに心から喜びと感謝を申し上げます・・・

明日から「令和」に代わりますが、元号3代を生きさせて頂けることになることを心から感謝しながらこれからも頑張っていきたいと思います・・・

皆様ありがとうございます・・・感謝合掌

 

 

 

 

 

 

人的には神戸市の同窓会会長として高校移転に関わり、障害者施設の事業推進に関し、傷害者施設、社会福祉協議会へのお手伝いで汗をかかせていただきました・・・

お陰様でどちらの事業も大成功し、今も発展を続けられています・・・

 

 

 

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