創業44年目・・・

昭和の時代に創業し、代表者、経営者として活動し44年目・・・

ずいぶん長い気もするが、あっという間の感覚も覚えます・・・

最近世の中は非常にショッキングな出来事が多くなってきており、オジサン社長が思うにはデジタル化の影の部分が災いを拡張している・・・

1か0かのロジックの世界には人間の命、血液が流れておらず、もう少し温かい人間性を取り戻す必要を感じる次第です・・・

本来の仕事は厳しくも楽しいものであって欲しい・・・

思いあがった政治家、行政マンたちの軽薄な考え方は一見人に対して優しさを与えるように見えますが、本質は自分達の意のままに国民をコントロールしたいと言う慢心が溢れているように思えます・・・

そのために有識者と言う意味不明の単語に取りつかれた人たちを利用して国民を納得させ、コントロールする手法・・・

権力を持つ者はその魔力に取りつかれてしまっているのかと思われます・・・

間違ったリーダーを選んだ韓国、国民の幸せから遠く無縁のリーダー、国民として絶えず恨みの世界に生きざるを得ず、明るい未来志向を持てず、人間としてほんとうにお気の毒に思えます・・・

創業44年目、お陰様で弊社の社員、従業員の皆さんはほんとうによく働き、お客様に真摯に対応してくれます・・・

私は創業時に電気工事の仕事でお客様や社会のお役に立つことで、社員や従業員のみなさんが名誉や誇りを持って働いてもらえる会社を作りたいと考えました・・・

創業時は「新電気工業所」昭和60年に「新電機工業株式会社」として法人化・・・

「気」から「機」に変更したのは時代の変化に対応出来る技術力を活かす体質の会社にしたいという考え方から・・・

新電機と言う社名を付けたのは、新しい発想で新しい働き方、職人ではなく、社員という立場でお客様や地域社会に認められ、自分の職業に誇りを持って働いてもらえる会社を作りたいと考えた次第です・・・

この名前を使い、事業活動を始めた頃、「新」と言う文字を使う会社は非常に少なく、お客様から「あらた電気」と読まれたり、中国人の会社

なのかと蔑まれたりと、とても馬鹿にされた次第です・・・

やはり、少し感覚的に当時の社会的概念では理解されにくかったのかと思います・・・

しかし、43年間の着実な実績で、その社名を誇りに思えるようになってきました・・・

社長の責任、日々社員や従業員の皆さんが仕事に、人生に楽しく「粋」「活き」と生きてもらうためには何が必要なのかと、絶えず寝ても覚めてもその意識が頭を離れません・・・

経営者の立場に立つ者の因果でしょうが、何とか馬鹿、ほんとに困ったオジサンです・・・苦笑

早く次代を支える人財を育てたいものです・・・念ずる