人は何かを得る代わりに何かを失う
人は何かを得る代わりに、何かを失う、「禍福は縄をあざなうご如し」このような教えがありますが、正に良いことも。悪いことも絶えず背中合わせに所在しているものです。
今の社会は、楽をしたい、お金が欲しい、権力が欲しい、強欲な亡者の如く刹那的なマインドが渦を巻いてる。
思うに、もう少し心にしっかり栄養を与えて、昭和時代のふうてんの寅さんらしき人情味のある落ち着いた日本の社会に戻したいものです。
2日連休、3日連休、弊社も年末年始は8連休、しかし、いくら休んでも自分達がやるべきことがあるならその後は行動する、働くことが必要になるのは当然の事。
労働規制、めんどくさい、どうせなら法律で国民全員365日休みにしたらどうなんや、しかし、誰が働いて金を儲け、日々の豪華な生活に必要なお金を支給してくれるんや、誰が高級ホテルや旅館で接待してくれるんや、誰が美味しい食事を作ってくれるんや。(笑)
誰が社会のインフラを整備、保守して快適な生活環境を提供してくれるんや、誰が生きるために必要な食料を作り、運んでくれるんや、誰が病気の治療をしてくれるんや、
AIやDXを利用し、デジタル万能と言ってバーチャル世界を作ってみても生身の人間はそこでは生きていけません。
国会議員や、国家行政は、民間企業の労働者を目いっぱい働かせて、自分達自身が楽をしたいがために、我々国民を自分達の自由に使いたがる、ほんとに勝手なもんですよね。
様々な面倒くさい法律、政策、いつの間にか次々とルールを変えながら国民を混乱させて面白がっているんだから、不出来な国会議員と言うのは国民にとってはほんとに始末が悪い。
世の中に何ごともいい事ばかりあるはずがない、その反面をどう見て、考え、対処するか、人間社会において時には濁りも必要、これはゲームのようなもんやと思う。
人間社会は「アリとキリギリスの童話」これが現実、自分が泣きたくないならよくよく考えて賢く生きる事が大切。
生命はいくら法律で規制してもどうこう出来ず、生まれながらにして運命と宿命で決められているのですからくれぐれも心して働き、そして楽しく生きたいものです。
政治家に、行政に、マスコミに煽られて自分を見失い、彼らの餌にされて大切な人生をいたづらに振り回されないように。
日々時間との競争、人は何かを得るために、必ず何かを失うようになっているのが生死と言う相反する言葉にあるように、我々人間に与えられた運命と宿命、避けがたい事実。
最近大切な知人が亡くなり、思うに時間は有限、自分の夢を目標を明確に、くれぐれも汗をかくことを心しておきたい、そして人生を楽しく生きたいものです。