117神戸阪神淡路大震災・・・

25年前、未明の大震災発生・・・

飛び起きて、1階に降りると大学生の娘がリビングで床に座り込んで泣いていました・・・

聞くと、大学にお弁当を持って行くために、天ぷらを揚げている時に地震が、危うくガスコンロの火を消して怖さから座り込んで泣いていたとの事・・・

その後、すぐ家を出ると雪が降っていて、空は紫色に、異様な光景が目に入りました・・・

すぐさま車で、5分程度の近くにあった会社に行くと、書庫が倒れ、机の引き出し飛び出している散乱状態ながら、被害は比較的軽微でしたので一安心・・・

始業前に大半の社員は出勤してきてくれましたが、2名程度は連絡が取れず所在不明が2週間程度経過、要約連絡が取れ、全員無事に安堵・・・

震災当日から電気設備の復旧要請がひっきりなし、2か月間一日も休まず、朝の7時頃から12時頃まで全員必死で対応・・・

復旧のために誰一人文句も言わず、労働基準法など一切守れず、ひたすら電気設備の復旧工事の日々、多分残業180時間くらい・・・

人間は簡単には死にませんね、逆に仕事の使命に燃えて団結し、毎日活き活きと働いてくれました・・・社長冥利、笑

今の、ゆでガエルのような働き方改革、残業過労死、こんな不満を言う人、体調不良者は誰一人いませんでしたね・・・苦笑

やはり、人間は目的を持って仕事に燃えている時は生命力が強くなるようです・・・

娘や家内、女子社員の要望に、お風呂の準備、これは女性には耐えられない日々のようでしたのでお風呂にはいれるようになってとても喜ばれました・・・

震災2か月後要約落ち着き、社員、従業員のみなさんに食事会で慰労、要望は和食を食べたいとのことでやはり日本人なんだと変な感心・・・

6月に社員を引き連れ、香港へ社員旅行、お取引先から厳しい批判もありましたが、日本の兵庫の神戸と言う、地球規模から考えれば点のような所在、裳に服すのも必要でしたが、社員に海外から日本を神戸の震災を見せて広い視野で神戸の将来に目を向けさせたいと思って実施致しました・・・

明日に向けて元気を、香港で日本を振り返るとだれも神戸のことにあまり関心を持っていない様子に少しカルチャーショック・・・

その結果、落ち込んではいられないとみんな前向きに仕事を神戸を復興させようと言う気持ちを持てて、旅行の目的は果たせました・・・

今の会社、生活があるのも、一つは運が良かったと今も思う次第です・・・

25年を経過し、震災の年に入社した新卒社員が今では工務部の部長と言う要職に、お陰様で今年20歳の成人式を迎えた社員が一名・・・

思いを新たに、朝の朝礼で参加者全員で震災で亡くなられた方々に対して黙とうを捧げ、いつ起きるかわからない新たな自然災害に対する心構えを一同で確認・・・

新たな一年をスタート、常に明日に向けて前向きに生きることを心に・・・